曼荼羅と聞いて、いちばんガイド試験にでそうなのは、
東寺の曼荼羅(まんだら)。
空海の曼荼羅
両界曼荼羅図
東寺所蔵
平安時代
弘仁・貞観文化

金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)

胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)
金剛界では煩悩を破壊する行程、胎蔵界では生まれ変わる行程が表現されていると言われます。
これらは空海が作成したものです。
空海はなんのために曼荼羅を作ったのかというと、
ブッダは言葉で悟りを説明しようとしましたが、
言葉の限界を感じた空海が、
人々が少しでもわかりやすく感覚的に悟りに近づけるように、
絵で
空海が悟った世界観を表現しました。
また
東寺の講堂には立体曼荼羅というものがあります。
※トッパンさんのyoutubeです。
私がどんな絵を描くよりわかりやすいのでリンクさせていただきました。
これも空海が悟った世界観をわかりやすく空間で説明したものです。
(テストに出るのはここまでです。)
が、
アホの代表として言わせてもらいますが、『すみません。空海さん。私にはまだわかりにくいです、、、。マンダラって、、、。』
私なりに、ガイドのはしくれとしての使命感に燃え、お客様に曼荼羅の内容を分かりやすく説明できることを夢見て曼荼羅のことをいろいろ調べましたが、しっくり来る理解までは到達できませんでした。
今はもううんざりして放置しています。
科学が発展していない空海の時代、
悟りを言葉より絵で表現して感覚に訴える方法が
ある程度有効でブッダが残した言葉よりもわかりやすかったのかもしれません。
でも
科学が発展した現代となっては、
ブッダが残した言葉のほうが、現代科学と歴史に照らし合わせるとわかりやすい時代になったように私には思えます。
ブッダが発見した真理に科学があとから追いついてきたことがよくわかりますし、
私に言われなくても周知の事実です。
私は、空海の曼荼羅にも現代科学があとから追いついてきた可能性があると思って、
空海がこの世界を構成する何かにたとえたと見られる各如来、菩薩、明王、天部のことを調べて、科学と照らし合わそうとしましたが、
しっくり来ませんでした。
それらしい説はあるんです。
曼荼羅の真ん中にいる『大日如来』は、どこにでもいるし何にでもなれる存在だそうです。
空海は『素粒子』をたとえるのに『大日如来』を使ったんじゃないかという説。
その説では他の如来、明王、天部も世の中を構成するものにたとえていましたが、
私は、
空海が本当にたとえた可能性があるかもと思う一方、
こじつけの可能性もかなりあると感じました。
もうこれは空海本人に聞かないとわかんないなと私の中で結論づけました。
それに、
そもそも、言葉で伝えた『ブッダの悟り』の理解が難しかったから
仏教は多様化し、
そんな中、
同じく悟った空海が、言葉で悟りを伝えることの限界を感じて絵で悟りを表現したのですが、
今となってはブッダの言葉は科学と照らし合わせて理解可能。
なら、
もし悟りを求めるのなら
もう
何か(この何かがわからないのですが・・・)にたとえた絵に頼らなくても、直接ブッダの言葉にアプローチしたらよいのでは・・・?。
素粒子の存在を科学が教えてくれた現在。
いまさら素粒子を大日如来にたとえなくてもいいんじゃないのかな?
と思ってしまいました。
ただ、
空海の功績はやっぱりすごいと素直に思いますし、
(ブッダと少し違う自然との一体化による悟りへのアプローチを編み出したり、本場中国で密教の正当後継者として認められ密教を日本に持ちかえったり、神道の手法を仏教に取り込んだり)
曼荼羅の歴史的価値も確かにあると思います。(だから試験に出るのですが)
だいたい
私は、言葉でお客様に伝えるのが仕事のガイドなので、どうも
理屈をこねくりまわして物事を理解しようとするところがあるのですが、
曼荼羅の理解は言葉じゃなくて、もっと感覚的でぼんやりでいいのかもしれません。
※東寺講堂立体曼荼羅(とうじこうどうりったいまんだら)ざっくりガイディング
↑ざっくりでよろしければ私なりの答え出ています。よかったらどうぞ。
私は、各如来、菩薩、明王、天部の意味を調べて科学と照らし合わそうとした時点でもう間違いだったのかもしれません。
言葉は『縛り』でもありますので可能性を狭めますもんね。
あと、
日蓮の曼荼羅というものもあります。
日蓮の曼荼羅
こんなやつです。

日蓮は空海より500年ほど後の時代の人。
初めて見た瞬間、「待って。絵でわかりやすく説明するのが曼荼羅のはずなのに、文字に戻ってるじゃん。」
と思いましたが、
日蓮は
「(特に浄土系仏教を批判して)仏教そんなんちゃうやん。やっぱお経大事だよ。私は法華経を信じる。」
と言った人。
その背景がわかると
『南無妙法蓮華経』(私は法華経を信じる)という文字が大日如来の代わりにいちばん真ん中で
それを如来、菩薩、天部の名前の文字が囲むという空海の曼荼羅のパロディみたくなっているのも納得。
たしかに、
お経が一番大事と信じた日蓮が悟った世界観をわかりやすくイメージで表現しています。
なら
これたしかに曼荼羅ですね。
あと
曼荼羅というくくりで最後に紹介したいのが
長谷川等伯の曼荼羅。
これは私にとって曼荼羅だという人多いです。
等伯の曼荼羅
空海の曼荼羅の理解に挫折した私
こんな私にも、『なるほど、曼荼羅ってこういうことか!』って納得できる出会いがありました。
それは長谷川等伯の松林図↓との出会いです。

私の脳は、美しいとされる美術品や絵画にあまり反応しませんが、
長谷川等伯の松林図を見たときだけはなぜかゾクッとなりました。
もちろん松林図は絵として美しいのでしょうが、
私の脳が反応したのは絵の美しさでは多分ないです。
多分、松林図は等伯が悟った世界観の表現だからです。
誰もいない自然の風景なのになぜか人の気配を感じます。(人と自然との一体化)そしてその見えない人たちは左から六マス目のかすかに見える雪山(おそらく悟りの表現)に向かっているように私には感じられました。そしてなぜか、この絵の世界観に浸っていると、悲しいことも、つらいことも受け入れて私の中で中和できる気がしました。
この現象は、私だけじゃないようです。震災後、等伯のふるさと石川県の七尾美術館で展示されましたが、石川の人たちが震災の悲しみを消化する助けになったようです。
理屈ではなく感じるのが密教であり曼荼羅。
説明はいらないのかもしれません。
でも私はガイドなので無理に説明してみます。
仏教によると『悲しみ』も人を不幸に導くなら煩悩のひとつです。悲しみを乗り越えて悟った等伯の世界観に浸ることによって悟ってない私も等伯の悟りに乗っかって悲しみを中和できるというしくみかと推測します。そしてもうひとつ推測すると、これが空海が曼荼羅を使ってやりたかったことです。悟りを求める人が空海の悟りに乗っかって煩悩を中和できるように。
等伯は最愛の息子さんをいろいろあって亡くされたあとにこの絵を描いたそうですよ。なんだか腑に落ちますよね。
でも、なぜ私は等伯の悟りには乗っかれたのに、空海の悟りには乗っかれなかったのでしょうか。
これは多分人によるんでしょうね。
空海の悟り、曼荼羅に乗っかれる人は多分います。私に言わせると乗っかれる人は才能あるんですよ。きっと。
ブッダもそうですが、空海も天才のたぐいです。私のようなもんにはなかなか二人の天才の悟りには乗っかれないのかもしれません。等伯も天才ですが、ブッダや空海という真理発見学者タイプの天才とは違って等伯は画家という表現の天才なので人にささる表現力がずば抜けていたのかもしれません。等伯が刺してくれただけで、乗っかれたのは多分私の力ではないのでしょう。どっちにしてもブッダから1300年後の空海の時代、空海はあらゆる手をつくして、曼荼羅も作成して、すべての人に悟りをもたらそうとはしてくれたものの、まだまだ一般人には悟りは難しかったと考えられます。等伯の時代は空海から800年後ですしね。
松林図が曼荼羅かどうかは試験にでませんか
松林図自体は試験に出ます。
では
ガイド試験受験生のみなさん、新人ガイドのみなさん、マジで応援しています。
松林図屏風
国宝
安土桃山時代
長谷川等伯の代表作
東京国立博物館所蔵

