仏教知識の壁時短破壊ツアー

仏教の知識がなくても京都観光は楽しめます。

が、

知っているとやはり観光がもう一段階面白いものになるのはたしかです。

京都の文化

というよりも

日本文化が

早くから仏教を取り込んで長くともに発展してきたので

観光で日本文化を楽しむのに役に立つからです。

がが、

2500年かけてたくさんの人が残してきた仏教の情報量は膨大です。本当の仏教を理解しようとするならこれらすべての情報を整理して理解する作業が必要になりますが観光を楽しみにいらっしゃったお客様に時短で、おそらく苦痛をともなうこの作業をやってもらうのは不可能でナンセンスですし、仏教を大切にし心の拠り所にしてその研究に一生を捧げている人たちにも失礼です。

なので

最初にお伝えしておきますが

私達バリアフリーツアー京都が時短でお伝えする仏教は仏教のほんのわずかなエッセンスでしかないです

単純化、切り取り、デフォルメであり

言ってしまえばフィクションです。

でも

役に立つフィクションだと信じています。

観光を楽しむのにも

この世界で生活するのにも

そして

私達バリアフリーツアー京都の最大のテーマ『呪い破壊(バリアフリー)』にも・・・

目次

もちもの(ブッダ)

このツアーの出発時点でのもちものはひとつだけ

仏教を開いた『ブッダ』です。

あとは現地調達します。

ブッダをもってない人は今持ちましょう。

五分ください。

ブッダ

ブッダの特殊能力は

『とんでもない集中力』です。

2500年前

インドのブッダは

集中して瞑想することで

『悟り』に至りました。

『悟り』と言っても

一般的に使われる日本語の『悟り』とは意味が少しちがうので

翻訳します。

ブッダは

集中して瞑想することで

この世界の本当のしくみを理解しました。

ここまでが第一段階。

この世界の本当のしくみが分かると

自分を苦しめている本当の原因がわかりました。

それを煩悩と名付けます。

ここから第二段階

ブッダは

また集中して瞑想することにより

自分を不幸に導く『本能や本能レベルでしみついたもの』(煩悩)

をすべて書き換えました。

この二段階の作業を経て到達した状態を仏教では『悟り』と呼びます。

それからブッダは

苦しんでいるすべての人の心を救おうと

『この世界の本当のしくみ

煩悩という呪いを書き換えるテクニック』を

人々に伝え始めます。

仏教のはじまりです

さて

ブッダはおもちになりましたでしょうか?

前置きが長いのは苦手なお客様もいらっしゃるでしょう。

実は私も苦手です。

早速ツアーを始めちゃいましょう。

あ!そうそうお客様

せっかくおもちになるのでしたら

ブッダはこのように右手にもってくださいね

仏教の設定では右手がブッダ。 左手があなたです。

仏教では『ここ一番』の時にこのように手を合わせますが

これはあなたとブッダの一体化を意味します

ブッダは一言で言えば、『こころが無敵の人』です。

『ココロムテキ』なブッダがいつもあなたの右手にいると考えると

それだけでも

なんとなく心強くなりませんか?

ならないですか、、、

では仏教とは関係なく

そんなお客様のために損得勘定の話。

私はガイドのくせに昔から人前で何かを発表するのがものすごく苦手で緊張してしまうタイプなんですが(あかんやん)

あるお坊さんから教えてもらってガイディングの前に手を合わせて指先の温度変化を意識するだけで

すこし緊張がましになるのを実感しています。

調べてみると

手を合わせることは緊張をほぐし集中力を高める効果があることは科学的な裏付けもあるそうです。

ここ一番で手を合わせる行為。

知っていて損はないですよ。どうですか〜お客様。

この簡単な技を教えてもらったちょうど同時期に偶然

演説が上手いことでも有名だったアメリカの大統領オバマさんが演説の前に手を合わせて心を落ち着けているようなシーンをホントに偶然目にしました。私は思わず叫びました。

「オバマもやってるやん!」

では

仏教知識のカベ時短破壊ツアーを始めます。

ツアー一発目の行程は東林院さんです。

東林院

訪れるのは六月中旬の東林院さん

※東林院さんは通常非公開ですが沙羅双樹の花が咲く頃に公開されます。

公開情報が欲しい人はボタンを押してください。

アクセス

ちなみに

先ほどの緊張をほぐす技を教えてくれたのは東林院さんの住職さんです。

が、

それがツアー一発目の行程に東林院さんを選んだ理由ではないです

東林院さんはブッダに思いを馳せるのにピッタリの場所だからです。

六月中旬の東林院には沙羅双樹の花に見立てたナツツバキが咲きます。

沙羅双樹の花は仏教が大切にしている花のひとつ。

ブッダが沙羅双樹の下で亡くなったからです。

亡くなった原因は『おなかいた(腹痛)』だと言われています。

なんとも人間ぽいでしょう

これが仏教の特徴

仏教では創始者ブッダを神や超人やスーパースターではなく

あくまでひとりの人間として伝えます。

でも

そのあくまでひとりの人間に『集中して瞑想することによってこの世界の本当のしくみを理解』することは可能なんでしょうか?

仏教徒のかたはもちろんブッダは理解したと信じてらっしゃいますし、

うたぐり深く仏教徒ではない私もいろいろ知ったあとの今となってはそう信じています。

てゆーか

そう信じたほうがいろいろつじつまが合うし合理的にさえ思えるからです。無理に信じないほうが非合理的にさえ思えます。

私は理系出身。常に無意識に合理的根拠を求めます。そして京都でガイドなんかしてるくせに京都の有名人、聖徳太子、空海、安倍晴明、弁慶らの伝説があまりすきではありません。伝説がファンタジーすぎるからです。映画やドラマや漫画ばかり見て育ちましたがフィクションのストーリーでもファンタジーすぎる設定は興ざめしてしまうタイプです。

そんな私にブッダの伝説を信じさせた根拠のひとつは

『100年前の天才物理学者アインシュタイン』の存在。

ブッダとアインシュタインは共通点が多いです。

代表的なのは『過集中』

ブッダは旅の途中、ある家族の家に一晩泊めてもらいますが、集中して瞑想していて朝気が付くとその家は燃えて一家は全滅していてびっくり。

どうやら雷が落ちたそうです。

このようにひとつのことに集中したら命の危険にさらされても気がつかないような集中力の持ち主を『過集中』というそうです。アインシュタインも『過集中』だったそう。

ちなみに昭和の天才バッター長嶋茂雄さんの伝説のエピソードも『息子の一茂さんを一緒に球場に連れて行ったのに考え事をしていて球場に忘れて帰った』などなど天才の特徴『過集中』っぽいです。

ブッダとアインシュタイン

二人が発表した仮説は当時の常識とは違うものでしたが

のちに科学が追いついてきて定説になったことなどもふたりの共通点です。

物理学者にもいろんなタイプがありますが

ブッダと共通点の多いアインシュタインは

たった一人で脳内実験を繰り返して真理にたどり着けるタイプだったのは周知の事実です。

ブッダも同じタイプだと仮定したほうがもはやしっくりきませんか?

ブッダは集中して瞑想することでこの世の本当のしくみを発見したと言われ、

アインシュタインは脳内実験をくりかえして真理にたどりついたと言われますが

これ

言葉の表現が違うだけでやったことは同じじゃないですかね~。

アインシュタインは

「これからの未来、仏教だけが科学と共存できる」と言いましたが

もしかしたら

アインシュタインはブッダが自分と同じタイプの物理学者だとわかっていたのかもしれないですね。

さて

ここ東林院の沙羅双樹は

朝咲いて

夕方散ります

この早いサイクルがわかりやすいので

ブッダが発見した真理、

『諸行無常』の説明をするのによく使われます。

『諸行無常』とは一言でいうと

『永遠なんてない』

です。

朝咲いて夕方散る東林院さんの沙羅双樹のうつろいの早さは、

わかりやすく、

すべてがうつろうこの世界のしくみを教えてくれているというわけです。

でも

たとえ現代科学がそれを証明していても

永遠なんてない

って言葉を聞いて

『そんなさみしいこと言わないでよ』

『野暮だなぁ』

って

思ったお客様

一定数いますよね。

そうなんです。

ブッダの言葉はいつも

人によっては野暮に聞こえる言葉ばかりです。

たとえばブッダは

『この世は苦で満ちている』(一切皆苦)

とも言いましたが

これはたとえば

未来への夢であふれている子どもたちに向けて言ったとしたら野暮な言葉です。

そして

永遠なんてない(諸行無常)

たとえば

今まさに結婚式を挙げて永遠の愛を誓ったカップルに向けて言ったとしたら野暮な言葉です

ブッダの言葉は

誰に向かって言ってるのか

が分かると

しっくり来ます

じつは

ブッダの仏教はしあわせな人に向けてのものではありません。

その時代の主流の世界観や主義や宗教の中で生きづらさを感じている人に向けられています

最初からそうでした

ブッダは最初から

仏教を,、その国や世界のメインストリームの考え方にしようとしたのではなく

その国のメインストリームの考え方で生きづらい人のための受け皿としての位置づけで立ち上げました

だから

その国のメインストリームの考え方でしあわせに生きられる人には

仏教はべつに必要なくて、野暮に聞こえるというメカニズムです。

具体的に言うと

ブッダの時代、

ブラフマンという絶対的で永遠なる存在がいて

その存在が世界を司っているという世界観を人々は本気で信じてました。

そのブラフマンの支配下のもと、

生まれながらにして尊い生まれの人と、

いやしい生まれの人が決まっていて

これは永遠に絶対的に変わらない。

という設定になってました。

なぜ変わらないかというと

この世界を司っているブラフマンが永遠で絶対だからです。

おそらくブッダ自身もこの世界観をすりこまれて信じて生まれ育ったと思いますが、

この世界のホントのしくみを理解したブッダは

すりこまれた間違った世界観で苦しんでいる人のために

すりこまれた間違った世界観の大元である

絶対的で永遠なる存在のブラフマンを否定します。

『永遠なんてない。ブラフマンなんていない』って

『ブラフマンがいないということはブラフマンが司る人間の階級なんてものも存在しない』

『ということは生まれながらにしていやしい身分なんてものは存在しない』

『あなたはけしていやしい身分なんかじゃない』

これがブッダの煩悩破壊のテクニック。

真理を発見し

しみついた煩悩を書き換えます。

煩悩には

ヒトを不幸に導く本能のほかに

本能レベルでしみついた世界観やフィクション、つまり

『人を不幸に導く思い込み』もふくまれます。

私たちバリアフリーツアー京都風にいえば

これは呪いのことです。

仏教の正体は呪い破壊の技を伝えるものでした

逆に

『人を幸福に導く思い込み』を『おまじない』と

呼びますが、

ブッダはブラフマンの存在がおまじないになってる人には

自分の考えやテクニックを押しつけなかった

ここが

私がブッダを人として信用できるところ

そして

センスがいいと言うかものすごくかしこいですよね〜。

ブッダは自分の世界観が正しいと分かっていたはず

でも

正しいからといって

フィクションの世界観を信じてうまく行っているしあわせな人に真理を押しつける野暮はしなかったわけです。

フィクションを信じてしあわせになれる人もいますからね。

それに

ブッダの目的は苦しんでいる人に仏教を届けることですから

メインストリームである必要はなく、

サブストリームでも社会の受け皿として機能して生き残りさえすれば目的達成できます。

それどころか

メインストリームとウインウインになっておたがいが必要とする関係を作ろうとするなんて

すごい。

そのブッダのセンスのよさで

仏教は生き残り

2500年後の日本でも

資本主義の世界観で生きづらさを抱えてる人の受け皿になりえています。

と同時に

私達ガイドを食べさせてくれる観光資源でもありますけどね♪

ここからは日本の仏教の話に移りますが、

まー

日本の仏教って

特殊なんですよね。

ハッキリ言ってヘンです。

でもこれがなんと

実は

ブッダの仏教を超えるポテンシャルを秘めてるんです

仏教、日本へ

次の目的地は東寺ですが、

東寺へのアクセス

道中、仏教が日本に伝わった頃の話を・・・

ブッダの死後仏教は多様化します。

理由は、ブッダの悟りに到達する方法が一般人にはやはり難しかったから。簡単なら多様化しなかったと思います。

ブッダは自分の悟りを、必要とする人が追体験できるように、たくさんの言葉を残しますが

ブッダ自身も「すべて伝えた」と言ったそうですが、

悟りという完璧な心の状態を不完全な言葉というもので完璧に説明するのは普通に考えて無理があったでしょう。

たくさんの解釈が生まれ、仏教は多様化します。

そんな多様化した仏教が

西暦538年

ブッダの時代から約千年後

朝鮮半島から日本に伝わります。

そして厩戸皇子(うまやどのおうじ)が593年に摂政(せっしょう)になって仏教中心の国造りを始めます。

国の主流の考えかたとして採用したわけです。

ちょっと思い出してください。

ブッダの仏教はサブストリームであることを前提としていたので

最初からこの時点でブッダの仏教とはちょっと違うものになっちゃってたのかもしれません。

でも厩戸皇子の意図はわかります。

厩戸皇子の政治のキャッチフレーズは「和を以て貴しとなす」

翻訳すると

「平和がいちばん!」

仏教の戒律にはメインストリームの主義や世界観や宗教とケンカせず上手くやる知恵が盛り込まれていたので

「和を以て貴しとなす」の方針にとても合うものでしたからね。

それに

仏教は物理学者のさきがけだったブッダが伝えた当時の最先端科学みたいなものだったので発展途上の日本にとっては

想像を超える魔法のような力を感じたのでしょう。

それにそれに

日本より先進国だった中国や朝鮮半島で仏教は盛んだったので世界のスタンダードにのっかる意図も厩戸皇子にはあったと思われます。

そして聖武天皇が743年に奈良の大仏建立の詔を出し752年に完成します。

これ日本人なら学校で必ず習うやつですが

聖武天皇がなぜ大仏を建立したのか知ってますか?

私も最近知ったので偉そうなことは言えませんが、

聖武天皇の時代、大災害がいくつか起こったそうです。

これを受けて聖武天皇は、

「私のせいだ」と言いました。

なぜ聖武天皇のせいかというと、

この時代、中国でもそうですが、日本でも、その国を治めるものの徳が足りないと災害が起こると考えられていたから。

聖武天皇は災害は自分の徳が低いせいだと素直に認めたわけです。

で、聖武天皇が自分の徳を高めたいと考えたときに

とてもいいのが仏教でした。

多様化した仏教の解釈のひとつ、

悟りの道を追求するにしたがって徳が高くなると考えられていましたので、

仏教を信じ大きく貢献することで自分の徳を高めようとしたんですね。

災害からの復興の象徴となり、人々の祈りの対象であり心の拠り所にもなり、仏教へ貢献して自分の徳を高めることにもなる大仏建立の詔(天皇の命令)を出したんです。

聖武天皇の死後、たくさんの人の協力を得て大仏は完成し仏教中心の国造りを目指す日本の象徴のような存在になりました。

そんな聖武天皇や厩戸皇子の意図とはかけはなれ、その後、日本仏教は一度迷走します。

仏教中心の国造りを目指す日本で、仏教のお坊さんの地位は高く、尊敬もされる立場なので政治に口出すお坊さんが続出し政治が混乱しちゃいました。

そして西暦794年

桓武天皇は政治に口出す権力欲まみれのお坊さんを奈良に置き去りにして

日本の都を京都に移しました。

さらに桓武天皇は

真剣に仏教に取り組んでいる二人のまじめなお坊さんを京都で取り立てます。

最澄と空海です。

空海と最澄

空海と最澄はよく比べられて

『空海は天才で最澄は秀才』とか

『空海は天才で最澄は努力の人』とか

ひどいのになると

『空海は天才で最澄は凡才』

『空海は悟ったが最澄は悟れなかった』

みたいな

空海に比べて最澄は一段低いみたいな言われ方をします。

ガイドの学校で歴史を初めて本気で勉強し始めた私は最初、

「なんで?最澄だって絶対すごいやろ?最澄に失礼やんか」

と疑問に思い

反骨精神から

ガイドになってからも二人は全く同格として扱い

お客様にもそう説明していましたが

今となっては

ガイドとして、やっぱり最澄を一段低く評価したほうがのちのち全体の流れの説明につなげる場合は便利だな

と思ってきてしまっています。

なので

このサイトでも

『空海は悟りに至り、悟りに至った者の立場でやれることをした人』

『最澄は悟りに至れなかったが、悟りに至れなかった者の立場でやれることをした人』

と少々長いですがこう表現しています。

この説明が後の展開に繋がります。

いきなりは無理ですので順番にいかせてください

よろしければ、まず空海を感じに東寺から行きましょう。

今ちょっとだけ今後の展開のさわりを言うなら、

私が感じている日本仏教のストーリーの中で、

悟ってないのかもしれないけど、日本仏教を面白くしたのは最澄です。

最澄もやっぱりすごかったです!

言ってたらお客様

ちょうど東寺に到着です。

東寺

※↑東寺の五重塔

世界で一番背の高い木造建築。55メートル。

ちなみに

面積で世界最大の木造建築は京都の東本願寺御影堂。

体積で世界最大の木造建築は奈良の東大寺大仏殿。

だったんですが!、

2025年の関西万博の大屋根リングが木造建築の面積と体積で世界一になっちゃいました。

大屋根リングの高さは20メートルなので東寺の五重塔だけはいまだ世界一です。

そして、万博終了後、どれくらい残るのかによって今後の世界一が変わって来ます。私のような記憶力があまり良くないガイドがせっかく覚えたことをややこしくしてくれた大屋根リングなのでした。

空海の悟り

東寺は1200年前に

嵯峨天皇が空海に任せたお寺。

空海の世界観が色濃く残っていて、

空海に思いを馳せるのにはいい場所です。

よかったらご一緒に思いを馳せませんか?

日本には四国八十八ヶ所巡りという習慣があります。現在でも老若男女問わず巡る人がいます。

これは空海の悟りを追体験するためのものです。

空海は若い頃四国の自然の中を歩き回って修行をしたそうです。

空海曰く、四国の室戸岬で谷が響き明星が光の玉となって空海の口から体内に入って来たそうです。

そして

宇宙とひとつになれたそうです。

空海の悟りは

『自然との一体化による悟り』 だと考えられます。

自然には煩悩がありませんので、自然を意識し、自然を感じ、自然と一体化して自然の一部になれたなら、なるほど煩悩も消えそうです。

脳内実験を繰り返して真理にたどりつき本能を書き換えて煩悩を消すブッダの悟りの行程とは少し違いますが、

煩悩を消すという最終目標の状態は同じです。

たとえるなら

ブッダは物理学者で

空海はフィールドワークを得意とする生物学者タイプの悟りなのかもと私は勝手に思っています。

即身成仏

空海はすべての人を悟りに導くことにこだわった人です。

空海はすべての人が即身成仏ができると言いました。

即身成仏 翻訳します。

空海はすべての人が、死後ではなく生きながらにしてその体のまま悟りに至ることができると言いました。

その、すべての人が悟りに至れるという点において、原始仏教(ブッダの仏教)には無理があるみたいなことも言っています。

なるほどそうかもです。

ブッダやアインシュタインのような脳を持っている人は滅多にいませんから。(でも、自然と一体化できる空海みたいな人も滅多にいない気がしますが、、、)

空海が選んだのが多様化した仏教の当時最先端の『密教』

密教

密教のコンセプトは、『人知を超える現象を祈りを通じて感得』 です。

ブッダは脳内実験を繰り返して真理に辿り着きましたが、すべての人が悟りに至るためにはここが最大の難しい所だと空海は考えたはず。私もそう思います、すべての人がブッダやアインシュタインのような脳を持っていません。天才しか無理です。

でで、

密教のコンセプト、翻訳します。

人がまだ知らないこの世界のしくみを、理屈ではなく、祈りによって感じて理解 くらいでしょうか。

学問のような理屈での理解ではなく、感じての理解です。ここがポイント。

あともうひとつ謎が。祈りって具体的にどうやるんでしょうか?

今の私の理解では、祈りは日本古来の言霊信仰(ことだましんこう)です。

言霊信仰

言霊信仰とは、言葉には現実を引き寄せる力があるという信仰です。日本人は信じてきました。呪術にもつながっていきます。密教にオカルト的な印象があるのはこのためです。

オカルトっぽいですが、でも現代科学に照らし合わせてみても、案外合理的なんですよね~これが

ある科学の論文、

人は、どんなことでも、間違っていることでも、何回も何回も繰り返して言ったり言われたりしているとそれを信じ始めるそうです。実験で得られたその平均の回数がだいたい1200回だそうです。

どう思われます?

私のような素直じゃない人間には1200回は少なすぎる気がします。おそらく数万回レベルの繰り返しが必要だと思われます。

が、

この仮説は、今まで生きて来た経験から考えても一理あるんじゃないかと私は思います。

この世界の真理はおそらく変わらないのに、人は科学がこれだけ発展した現代でも、非合理的なものを信じたり、変な思い込みを持っていたりするものです。そんな人にたくさん出会いました。ハッキリ言えます。人は間違ったことでも本気で信じることができます。でもそれが悪いことだとは限りません。非合理的なものを信じて幸せになっている人もいます。幸せになれるなら、私は非合理的なことを信じることもありだと思います。この場合『思い込み』は幸せになるための武器だったりします。そしておそらく空海は、この、人の思い込みという武器を、密教のコンセプトにあてはめて、ブッダのような天才ではない普通の人を悟りに導くための切り札に使おうとしたと思われます。たとえば『私は自然と一体化できる』などと言霊を繰り返し祈ることで、自然と一体化するという現実を引き寄せ煩悩を消すというしくみです。

密教のコンセプト、ご理解いただけましたでしょうか?

空海以降、日本の仏教の悟りに到達する方法はブッダの方法ではなく空海の、自然を感じ自然と一体化する方法が主流になったと思われます。

日本の仏教寺院の寺には庭園がありますが、

ここ東寺の回遊式庭園も、

光明院の額縁庭園も

先ほどの東林院の庭も、

その他もろもろも、

大きく分けたら、たいてい自然と一体化するための庭だということができます。

※通訳案内士合格を目指す人へ

ガイド試験にはよく、『日本の庭園と西洋の庭園の違い』の説明をもとめられますが、よかったら、これそのまま使えます。

西洋の庭園は人工的な幾何学模様を表現しているものが多いのに対し、日本の庭園は自然の風景そのままを表現しているものが多い。なぜなら、自然を感じ自然と一体化する目的が日本庭園にはあるから。

あと、『日本人はなぜ温泉が好きなのか?』みたいな質問にも使えます。無意識に自然と一体化したがる遺伝子が日本人にはあるから。みたいな感じでどうですか?

曼荼羅

ここ東寺には曼荼羅(まんだら)というものがあります。

金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)

胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)

金剛界では煩悩を破壊する行程、胎蔵界では生まれ変わる行程が表現されていると言われます。

空海はなんのために曼荼羅を作ったのかというと、

人々が少しでもわかりやすく悟りに近づけるように、空海が悟った世界観を表現しました。

また

東寺の講堂には立体曼荼羅というものがあります。

これも空海が悟った世界観をわかりやすく空間で説明したものです。

が、

アホの代表として言わせてもらいますが、『すみません。空海さん。私にはまだわかりにくいです、、、。マンダラって、、、。』

がが、

こんな私にも、『なるほど、曼荼羅ってこういうことか!』って納得できる出会いがありました。

それは長谷川等伯の松林図↓との出会いです。

私の脳は、美しいとされる美術品や絵画にあまり反応しませんが、長谷川等伯の松林図を見たときだけはなぜかゾクッとなりました。もちろん松林図は絵として美しいのでしょうが、私の脳が反応したのは絵の美しさでは多分ないです。

多分、松林図は等伯が悟った世界観の表現だからです。

誰もいない自然の風景なのになぜか人の気配を感じます。(人と自然との一体化)そしてその見えない人たちは左から六マス目のかすかに見える雪山(おそらく悟りの表現)に向かっているように私には感じられました。そしてなぜか、この絵の世界観に浸っていると、悲しいことも、つらいことも受け入れて私の中で中和できる気がしました。

この現象は、私だけじゃないようです。震災後、等伯のふるさと石川県の七尾美術館で展示されましたが、石川の人たちが震災の悲しみを消化する助けになったようです。

理屈ではなく感じるのが密教。説明はいらないのかもしれません。でも私はガイドなので無理に説明してみると、

仏教によると悲しみも人を不幸に導くなら煩悩のひとつです。悲しみを乗り越えて悟った等伯の世界観に浸ることによって悟ってない私も等伯の悟りに乗っかって悲しみを中和できるというしくみかと推測します。そしてもうひとつ推測すると、これが空海が曼荼羅を使ってやりたかったことです。悟りを求める人が空海の悟りに乗っかって煩悩を中和できるように。

松林図を曼荼羅だと評して私に教えてくれる人は以前からいました。最初、私は「はぁ?」でした。だいぶ時間がかかりましたが、私もいろいろ会ってその意味がようやっと理解できたのでした。ちなみにあとになってわかりましたが、等伯は最愛の息子さんをいろいろあって亡くされたあとにこの絵を描いたそうですよ。なんだか腑に落ちますよね。

でも、なぜ私は等伯の悟りには乗っかれたのに、空海の悟りには乗っかれないのでしょうか。

これは多分人によるんでしょうね。

空海の悟り、曼荼羅に乗っかれる人は多分います。私に言わせると乗っかれる人は才能あるんですよ。きっと。

ブッダもそうですが、空海も天才のたぐいです。私のようなもんにはなかなか二人の天才の悟りには乗っかれないのかもしれません。等伯も天才ですが、ブッダや空海の学者タイプの天才とは違って等伯は画家という表現の天才なので人にささる表現力がずば抜けていたのかもしれません。等伯が刺してくれただけで、乗っかれたのは多分私の力ではないのでしょう。どっちにしてもブッダから1300年後の空海の時代、空海はすべての人に悟りをもたらそうとはしてくれたものの、まだまだ一般人には悟りは難しかったと考えられます。等伯の時代は空海から800年後ですしね。

そこで、

悟りにいたれなかった普通の人、最澄の登場です。

最澄

1200年前に最澄が小さな庵(いおり)を結んだことが始まりの『比叡山延暦寺』に向かいます。

比叡山延暦寺の境内は山全体。観光スポットもたくさんありすぎるくらいあります。

今回は時短がテーマなので

最澄に思いを馳せるのにはいちばん良いいと私が勝手に思っている東塔(とうどう)エリアの根本中堂(こんぽんちゅうどう)と話を次につなげるのに便利な大講堂だけめぐります。

比叡山延暦寺根本中堂アクセス

道中、最澄の話をしましょう。

最澄はさきほどの東寺での主役、空海と同時代の人。

よく比べられます。

わかりやすいと思うので

私達バリアフリーツアー京都でも二人を比べます。

空海は悟ったので人の心を救うための方法の空海なりの答えを残しました。

が、

最澄は悟れなかったので、人の心を救うための最澄なりの答えが出せませんでした。

がが、

悟れなかったかったからこそ最澄は

作戦を残します。

苦しんでいるすべての人の心を救う可能性を未来に託す作戦です。

その作戦とは、『一隅を照らす』

一隅(いちぐう)を照らす

翻訳します。

「一隅」とは「かたすみ」

最澄は、苦しんでいるすべての人の心を救うことにこだわった人です。

が、悟れなかった。

でも

悟れなかったからこそ最澄は

すべての苦しんでいる人の心を救うための極めて現実的な作戦を残します。

「ブッダのような全世界を照らす人間を育てるのは難しい。

が、

かたすみを照らす人間を育てることは可能だ。

なら、片隅を照らせる人間をたくさん育てれば全世界を照らせるのではないか」

という仮説に基づく、

『一隅を照らす大作戦』です。

この言葉『一隅を照らす』は

比叡山延暦寺をはじめ最澄が開いた天台宗の寺院に今も掲げられています。

ゆーてるまに延暦寺に到着。

比叡山延暦寺

東堂駐車場から根本中堂に続く参道。

参道に沿って最澄のストーリーを伝える看板が並んでいます。

私達バリアフリーツアー京都が時短で伝える最澄のストーリーよりも、

よっぽど格調高く細かく詳しいです。興味と時間のある方はじっくり見られても楽しいと思います。

参道に沿って進むと、

『一隅を照らす作戦』

現在も遂行中です。

一隅を照らす作戦碑から左にパンすると、

立派な建物。大講堂です。

今回は後まわしにします。とりあえず根本中堂に向かいましょう。

根本中堂。見えてきました。

実は今工事中です。外観は見えません。

こんなときは

『雪舟 過去』発動

秋にはこんな感じ↓

御本尊にあいさつしときましょう。

根本中堂の本尊は薬師如来。

最澄手彫りだといわれます。

秘仏なので扉が占められて公開されていません。

でもその代わりに『御前立(おまえだち)』と呼ばれるレプリカが秘仏の前に。

脇を、日光、月光、両菩薩が固める薬師三尊スタイル。

※詳しい人はここ飛ばしちゃってください。基本情報です。

薬師如来は心や体の病気を治したい人の祈りの対象。如来とは『悟り』に到達した人の称号で仏教では最高位。右手のひらをこちらに向けているのは『大丈夫。』の意味。左手にはわかりやすく薬壺を持っていることが多い。合わせて『大丈夫。治りますよ。』の意味。

三尊では日光、月光菩薩が脇を固めることが多い。菩薩とは、『悟り』に到達することが確定している人なのだが『みんなと一緒じゃなきゃイヤだ』と誓ったので、みんなが悟りに到達するのを応援して待っているあえてまだ修行中の存在。日光は昼、月光は夜を象徴する。三尊の場合、日光が昼勤の看護師さん、月光が夜勤の看護師さんのようなものと考えるとわかりやすい。薬師如来はお医者さん、三人合わせて『大丈夫。昼も夜も24時間ケアしますよ。』の意味。

ここの薬師如来は参拝者と目線が合うように設計されています。

これには意味があります。

最澄と天台宗からの、

『如来は手の届かない高い所にいる存在ではなく対等な存在。みんな悟れますよ。』

というメッセージです。

私達バリアフリーツアー京都では、有名な仏像と出会うと『タイマン』を張りますが、

これは最澄のメッセージ『如来と私達は対等』をベースに観光を楽しむ手法です。

今まで「何やってんだコイツら。仏像とタイマンて」と思われたお客様もいるでしょうが、

実はこういうコンセプトでした。

今回もやりますよ。

今回は『アルカイックスマイルタイマン』になるでしょうね。

では

「比叡山延暦寺東塔根本中堂瑠璃光薬師如来御前立とタイマン!」

京都のガイドとしていろいろなお寺を案内させてもらっていると、どのお寺がどの建物、どの仏像を一番大切にしているかわかるようになるのですが、

ここ比叡山がいちばん大切にしている建物や仏像はわかりにくいです。

てゆーかわからないです。

これには理由があります。

最澄がひとつに決めなかったから。

例えば、悟った空海はひとつの答えを出しました。密教です。いちばん大切にしたのは大日如来。

最澄はひとつの答えを出しませんでした。

だから、ここ比叡山には、多様化した仏教のエッセンスがすべて残っています。

最澄は多様化した仏教を否定せず可能性のあるものをすべて後世に残そうとしました。一隅を照らす作戦とともに・・・。

最澄後の日本仏教。

最澄がここまで予想したのかはわかりません。

最澄以降の日本仏教のビッグネームはすべて比叡山から出ます。

源信

法然

親鸞

栄西

道元

一遍

日蓮

全員、最澄が未来に託した答えを出した人たちです。

最澄の想定内だったのかないのかはわかりません。

これだけは言えます。

日本仏教を面白くしたのは悟れなかった最澄です。

最後に

後回しにした大講堂へ寄って比叡山をあとにしましょうか。

大講堂の中では出会えますよ。

仏教オールスターズに。

最澄の次にご紹介するのは

ゲームチエンジャー源信です。

源信【げんしん】

苦はゴー(905年)源信、『往生要集』を発表。

これが私がガイド試験に合格した時に知っていた源信についての情報のすべてです。

点の情報です。

これではなんのストーリーも浮かびませんので

せっかくこのページを読んでくださっているお客様には、この点を線にしてもう少しストーリーを感じてもらいたいです。

源信に思いを馳せるのにいい場所が京都にはあります。三千院に行きましょう。

三千院

アクセス

三千院の中に往生極楽院という塔頭(大きなお寺の中の小さなお寺)があります。

往生極楽院は源信とそのお姉さんがそのお母さんのあの世での冥福を祈るために建てた小さなお寺です。

そのお母さんは源信のストーリーを感じるために欠かせないキャラです。

源信とお母さん

源信も「苦しんでいる人の心を救う」ことにこだわった人です。

そのために最澄の開いた比叡山で修行していましたが、

まだ答えを見つけられずにいました。

優秀で、えらいお坊さん十人に選ばれたりしていました。

それを聞いたお母さんのリアクションは、

「私はあなたが偉い人に褒められるためにお坊さんになることを認めたのではありません。あなたは苦しんでいる人の心を救うんでしょう。浮かれてないで修行に励みなさい」

でした。

お母さんのキャラのイメージが湧きましたでしょうか?

源信とお母さんのエピソードは他にもいろいろ残ってますが、時短が目的のツアーですので最小限にしておきます。興味ある人は調べて見たらもっと感情移入できるかもしれませんよ。

源信は修行に励みますが、答えを見つける前にお母さんが亡くなります。

お母さんは亡くなられる時、かなり苦しんだそうです。

源信は声をかけます。

「お母さん、いつか二人で見た浄土の絵を覚えていますか。お母さんは今からあそこへ行けるんですよ。何も恐れることはありません」

お母さんの脳内にいつか息子と二人で見た極楽浄土の世界観がひろがります。

「そうか。きれいなとこやったなあ。あそこに行くんかなあ。」

「そうですよ。お母さん」

お母さんは笑顔で逝けたそうです。

その後、源信は気づきます。

死の恐怖はブッダが定義した煩悩のひとつです。

お母さんは逝く間際にその煩悩を無くすことができた。

それを可能にしたのは、

二人で見た極楽浄土のイメージだった。

もしすべての人の心が極楽浄土のイメージを持つことができたなら

すべての人をこの煩悩から救えるんじゃないのか!

源信が905年に書いた往生要集の正体はすべての人に極楽浄土のイメージを持ってもらうための本でした。

源信の作戦と日本独自の仏教と呼ばれる浄土教の始まりでした。

私の経験から見ても源信の作戦は大成功です。

現代人は科学とその教育の発展で浄土の存在は信じられない人が多くなりましたが

おそらく私のおじいちゃんおばあちゃん世代までの日本人はほとんどの人が無意識レベルで信じていたと思われます。

で、

浄土の存在を信じていた人って確かに煩悩の数が科学が教えてくれた世界観がベースの現代人よりも少なかった印象があるんです。確かに科学がもたらした便利の恩恵は二世代前よりも大きい現代人ですが、どっちがしあわせなんでしょうかねえ。

浄土教を日本人の脳に無意識レベルで広めたのは、源信一人の力ではありません。時短と言っても少なくともあと二人ビッグネームをご紹介しなければなりません。

まずは、

浄土教に繰り返しの技のニュアンスを加えてさらに合理的にした法然です。

法然

竜安寺石庭 仏教の悟りの解釈の一つの自分目線から全体目線。石庭は俯瞰による全体目線を誘導する心の離陸用滑走路です。

悟り(現代版見立ての技)

お伝えしたとおり

私のような凡人にとって

ブッダの悟りでいちばん難しい部分は

『集中して瞑想することによりこの世界の本当のしくみを理解』

する第一段階の行程ですが

ブッダの時代から2500年後の現代

源信の時代から1100年

法然、親鸞の時代から900年

人を取り巻く環境は大きく変わりました

特にここ100年

科学の進歩はものすごいです

アインシュタインは『これからの未来、仏教だけがが』

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